自宅を建て替え

お母さまとお子さまのための二世帯住宅 実家の部材を再利用した自由度の高いプランイング/東京都国分寺市

吹き抜けに大きな本棚がI様邸の一番の特徴。一覧で背表紙が表示されると改めて蔵書に興味がわくという。
「実家に住む母と一戸建てに移り住みたい」
I様がそう考えたのは、父親が亡くなった10年前のこと。そのころI様は、築40年近い古い集合住宅に子3人と暮らしていたが、年齢的にも子供に個室が必要となり、手狭になってきていた。

家を建てるには土地がいる。そこで住宅コンサルティング会社・ネクスト・アイズの栗原氏に相談する。栗原氏のコンサルティングを受けたことがある友人の紹介だったが、最初の頃は「正直に言うと、栗原氏が業界の事情に精通し過ぎていて、逆に警戒してしまいました」とI様は振り返る。

その後、I様は長い時間をかけて独力で土地を見つけ、いくつかの住宅会社をあたる。あるハウスメーカーと契約寸前まで話を進めたが、最終的にこれは破談に終わった。「打合せが進むにつれて、『型にはめられている』という違和感をもつようになりました」というのがその理由だ。たとえば、実家の建物の一部を再利用したいという要望に対して前向きに検討する素振りがなく、わがままを言う子供のように思われていると感じたという。
1.重厚な玄関扉は実家で使用していたものを再利用した。
2.玄関正面の付け柱は実家の大黒柱をスライスしたもの。手前の箪笥は実家で使っていたもので、家業で扱っていた薬を入れていた。
3.階段からダイニングを見る。1階に水廻りがあるので、手狭になりがちなところを吹抜けと開口部、そしてそれにつながるテラスを配してうまく広がり感をもたせている。

家づくりの再スタート

家づくりは振り出しに戻り、I様は栗原氏に再び相談する。「栗原氏のマッチングの感覚は頼りになる」という友人の言葉もそれを後押しした。「当時は、このままでは自分たちの望む家はできない。どうしたら予算内で望みが叶う家ができるのか、途方に暮れていました」という。栗原氏はI様の要望や破談になった経緯を聞き、「やりたいことが多いので、ハウスメーカーでは予算に納まらない」と判断し、オーダーメード対応に強い工務店を勧めた。そのひとつが施工を担当した匠陽だった。当初、栗原氏は匠陽の設計施工を考えていたが、打合せを進めていくなかで、 I様の強いこだわりとそれに応えるアイデアが求められていたので、「しっかりとした建築家と工務店のチームしかない。」栗原氏はそう考えを改めた。

栗原氏が声をかけたのは建築家の本多図夢氏。和風からモダンまでをカバーする対応力の高いベテランだ。ただし、建築家を起用すると設計料などの予算増が心配だった。そこで栗原氏は、本多氏がプレゼンに臨む前に建て主と設計監理契約を結ぶのではなく、匠陽への設計協力というかたちで関わってもらえないかと本多氏に打診していた。結果的に I様は本多氏の提案に希望が叶う可能性を見出し、予算を少し増やして本多氏と設計監理契約を結ぶことになった。

その裏で匠陽と本多氏のどちらと契約してもうまく進むような配慮がされていた。このあたりの栗原氏の配慮とマッチング感覚を I様は、「さすがプロだと思いました」と高く評価する。
4.天井には古い家に用いていたマツの梁が取り付けられている。
5.階段の踏み板は蔵の床材を二枚貼り合せて再利用している。
6.2階吹抜けに面した手摺壁は実家の建具を再利用している。
7.I様の寝室。天井のアンティーク照明と障子がマッチした、モダン和風の空間。
8.下がり壁には帳場格子を利用した間接照明を設けている。
9.家づくりのエピソードを話し合うと、自然に笑みがこぼれる。左から本多氏、栗原氏、I様夫妻。
 栗原氏はI様の実家の解体などに関しても調整役を果たすなどコンサルティングの役割を存分に発揮した。

和洋折衷のインテリア

具体的な家づくりが始まった。さまざまな要望を聞いた本多氏は、プランの方向性をすぐに見定めた。「高齢なお母様の個室が一階に来ることになるので、浴室も下に来る。そうするとリビングが狭くなるから、ダイニングを充実させ、リビングとしてもくつろげるようにする。そのためにテラスをつなげてリビングが足りない分を補う」と本多氏。この考え方は、今のプランにそのまま反映されている。同様に「子供部屋を設けたうえで、気配が伝わる家にしたい」という要望については、家族の気配が伝わるようリビング内階段としてリビングを通らないと 階へ上がれないようにすることや大きな吹き抜けをもうけことなどのI様の要望にも本多氏のデザインで的確に応えた。

インテリアは和洋折衷が求められた。 I様が好きな前川圀男やルイス・カーンなどの建築家の作品集を本多氏と一緒に見ながら、「この写真のこの部分の感じがほしい」とたくさんリクエストした。大きな本棚はその一例だ。もうひとつの強いこだわりが、実家の古い材料を使うこと。実家は明治33年ごろに建った浦和の宿場町にある商家。味わいのある材料や凝った細工が端々に使われていた。

本多氏はみずから I様の実家に足を運び、さまざまなアイディアを出した。玄関扉には木製建具を、床柱や床の間はお母様の和室に、蔵から出てきた帳場格子は間接照明に、ヒノキの大黒柱は割いて玄関先に張っている。このほか、朝鮮張りになっていた床は 2枚貼り合せて階段の踏み板に、沓脱石や敷石には古い家の御影石が用いられた。「古い材料を使うといっても床の間と床柱くらいだと思っていた」とI様は、本多氏の提案力と匠陽の施工力に驚きを隠せない。「木村棟梁がいたからここまでできた」と本多氏は担当大工を最大限に評価する。木村棟梁はI様の実家の解体現場にも足を運び、解体業者に交渉し、長押や床柱などはみずから外したそうだ。
10.薪ストーブはノルウェー製のヨツール400。排気がきれいなので街中でも安心して使える。
11.浴室は十和田石とウエスタンレッドシダーで仕上げた。旅館の内風呂のような雰囲気。
12.広々として機能的なキッチン。手前の木製の収納扉は三代前の嫁入り道具を再利用した。

火の力をからだで感じる

水廻りも個性的だ。キッチンに関しては、調理台が広くとられ、家族が料理を手伝えるようになっている。カウンターの面材は実用本位のステンレスで、キッチンとダイニングのどちらか側からも使えるのがミソだ。

浴室もこだわりが反映された箇所だ。「ユニットバスが好きではなかったので、在来浴室にしました」と I様。浴室の床と腰壁までは十和田石を張り、腰から上は壁ウエスタンレッドシダーを張っている。外壁やウッドデッキなどにも用いられる水に強い材で、ヒノキよりも安価。浴槽も廉価品から選び、ユニットバスに近い価格で美しい浴槽を手に入れた。

薪ストーブもこだわりのポイントだが、他の部分がほぼ予算内に収まったためにこのもうひとつの夢が実現した。

「以前にアフリカのケニア山のロッジに泊まりました。そこではコテージごとに暖炉があり、火を焚き始めると湿った山の空気がみるみる乾いて快適になっていくのがわかりました。火の力を体で感じ、火というのがとても近い存在だと思えたのです」という。

さらに居心地を向上させたい

こうした細かい要望を本多氏はがっちり受け止めた。「本当に話をよく聞いていただいた。素人が言葉でなかなか説明しきれない希望を丁寧なヒヤリングで汲み取ってくれたので、安心してお任せできました」とI様は振り返る。「こうしたチームが組めたのも、栗原さんのサポートがあったから」I様はコンサルティングの価値を強調した。

「最近、ようやく片付けが終わった」というI様は、「これから家具を整理したり、家の使い方を工夫することで、さらに居心地をよくしていこうと考えています」と語る。I様邸は古いものをたくさん受け継いだ、新築でありながら落ち着いた雰囲気の家。この家ならではの暮らし方が重ねられることで、さらに家としての成熟を深めていきそうだ。
物件名
東京都国分寺市  I様邸
家族構成
ご夫婦(50代)・子供3人・祖母1人
構造工法
木造
設計
本多図夢建築デザイン事務所
施工
株式会社匠陽
住宅コンサルタント
栗原浩文(ネクスト・アイズ株式会社)
取材・文/大菅 力  撮影/廣瀬 育子

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